Like The Floating Moon pt.2

音楽レビュー、読んだ本、ひとりごと。記事を書く時の「冗長さ」と書かない時の「やる気の無さ」の落差が非常に激しいブログです。

気分は「ひとり夏フェス」!! ― HS1004のレビュー

 Acoustuneのイヤホン、HS1004を一ヶ月ほど前に購入したのでレビューをしたいと思います。

 普段使用しているDN-2000の音には全体的には特に不満はなかったんですが、「もっとキレッキレで低音も出るダイナミック型(以下、D型)がほしい!」という物欲がふつふつと出てきていました。
 予算は2万〜3万あたりまでということでeイヤホンの試聴コーナーを物色していたわけですが、「この音でこの値段って本当にいいのか?!」と驚愕したのが、Acoustuneというベンチャーから出ているHS1004とHS1003でした。

 お値段は2万2000円ほどですが、2〜3万のD型で、ここまでクリアでキレの良い音を出すイヤホンは他に見当たらなかった気がします。少なくとも、3万円で音傾向が近いRHA T20よりも音質は上です。Pinnacle P1とはいい勝負でしたが、キレの良さ、音の厚みを取るとやはりAcoustuneの2機種の方が断然上。

 1003と1004の2機種を丁寧に聴き比べた結果、よりD型らしい中〜低音の充実感が高い1004の方を選び、購入しました。

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 総評

 一言で言うと、「音楽を聞くのが楽しくなる」イヤホンです。ロック、メタル、アニソンを聞くならまず間違いなしの音だと思います。
 音質の傾向的には「中〜低音寄りの弱ドンシャリ、音場広め」といえます。しかしその質感は、同傾向のD型イヤホン(FX850, 1100など)にあるような「ウォームな」音とは正反対の位置にあります。中〜低音寄りですが分解能、キレがとにかく良いためにクールな印象を受けます。音場は広めですが、中音域の距離感がとにかく近いです。ギターやボーカルの「美味しい部分」を生々しく描写します。もちろん、篭もり感も皆無で高音の抜けも抜群。この絶妙な音のバランスをわずか「2万弱」の値段で実現してしまうとは…にわかに信じられません。

 ゼンハイザーのヘッドホンのHD25の音に近い印象も受けますが、HD25よりも高音は伸び、音場も広いです。また、まるでマルチBAかハイブリッド型かと見まごう(聞きまごう?)ほどの全域にわたる解像度の高さも◎です。

 以下、主に手持ちのイヤホンのDN-2000(1DD+2BAのハイブリッド型、3万円ほど)、ならびに試聴の際に一緒に聞いた同メーカーのHS-1003(1DD、値段は1004と同じく2万円ほど)と比較しながらレビューをしていきます。なお、再生環境はDX90j(Rockbox導入済)に直挿し、イヤーピースとしてSpinfitを装着し、Shure掛けの装着にて試聴しています。

 

低音域
 D型らしくズンッ!と深く沈み込む音で量感も十分。かなり低い重低音まで出ています。加えて、解像度の高さ、締りの良さも◎。篭もりは全く感じません。グルーヴ感あふれるエレキベースもゴリゴリと鳴らしてれるのはもちろんですが、やはりバスドラやタムの迫力とスピード感がすごいです。イヤホンでありながら「胴鳴り」というか「空気の振動」を感じるほど、迫力や実体感を伴った押し出し方です。
こういう低音域のインパクトこそがまさに「D型の醍醐味」って感じがしますね!DN-2000は2BA+1Dのハイブリッド型ですが、どちらかと言うと中〜高音寄りの音作りで、ロック系を聞くには少々低音の沈み込みや量感に不満を持っていました。ですが、HS1004の「キレ」と「量感」を兼ね備えた低音が、その不満も解消してくれそうです。

中音域
 思えばこれがやはり購入の決め手でした。とにかく距離が近く、なんというか「実体感」のようなものを感じます。
 HS1004は女性ボーカル・ピアノ向けにチューニングされたモデルということもあり、ボーカルは男性、女性ともにかなり距離が近くはっきりクリアに聞こえます。ER-4シリーズあたりの「何も足さない、何も引かない」ボーカルの出し方に近いとも言えます。また、中〜低音に至る芯の太さという支えもあることで、男性ボーカルやディストーションのかかったギターなどでもより「実体感」を持った鳴りを聞かせてくれます。
 この「中音域の実体感」については特筆すべきものがあったので、後ほど「ボーカル」と「ギター」に分けて詳しくレビューしていきます。

高音域
 高音域の刺さりはなく、かなりドライに淡々と鳴らす印象です。HS1003やDN-2000のようにキラキラ感のある高音ではないですが、篭もったような印象は殆ど感じません。D型ならではの高音の伸びを感じます。
 自分の好みでいうとキラキラとどこまでも伸びるDN-2000の方に軍配が上がりますが、ドライで硬質なHS1004の高音もまた違う方向性での良さがあると言えます。また、1003の方が1004よりもさらに伸びる高音が聞けますが、自分には少々刺さりや濁りを感じる部分もありました。1003と比べると、1004の高音のチューニングはちょうどいいバランスになったと思います。ハイハットアコースティックギターの響きなども透き通るような感じがしていいですね。
 また、ハンドクラップやライブの拍手音なども距離が近く鮮明に聞こえます。「手のひらの肉と肉が合わさってる」と感じられるほど生々しい質感を感じます!

 

音場・遮音性
 分解能が高いため一つ一つの音がはっきりと聞こえますが、音場もなかなかに広いです。立体感、臨場感のある音場はヘッドホンに近いともいえますが、かつ適度な開放感も感じるという感じです。これは自分がイヤーピースに音抜けの良いSpinfitを装着しているというのもありますが、手持ちのヘッドホンだとKOSSのPortapro(開放型)の音場に近く、Portaproに似た「音楽と自分が一体になる」臨場感を味わえます。
 DN-2000もその音場の広さという点で評価が高い機種ですが、聴き比べてみると違いが見えて面白いです。DN-2000は「コンサートホールのような、サラサラとした広がりのある音場」を、HS1004は「野外フェス会場のような、スカッとした抜けの良い音場」を演出していると思います。
 実際の広がり、定位の良さに関してはDN-2000の方が優っている感じもしますが、HS1004の方がより音楽に没入できるような臨場感、抜けの良さを感じます。しかし定位感が劣っているとは言っても、それは「コスパお化けのハイブリッド型」のDN-2000と比べての話。2〜3万クラスのD型では文句無しにトップクラスです。一つ一つの楽器の位置に「奥行き」を感じる立体的な音場なので、同傾向のDX90jとの相性も抜群だと思います。

 また、その抜けの良い音場と引き換えに、音漏れ耐性や遮音性に関しては若干低めに感じます。思わず音量を上げたくなるような楽しい鳴り方をするイヤホンですが、それだけに電車やバスの中では音量に注意する必要があります。特にイヤーピースにSpinfitを装着している場合、図書館などでの使用はあまりおすすめできないかもしれません。

 

「音のキレ」の良さ
 音のキレ、レスポンスがとにかく良いですね。タイトかつ迫力のある音を鳴らすので、ロック、メタル、フュージョンエレクトロニカなどにはぴったり合うと思います。これがAcoustune独自の「ミリンクス振動板」とやらの恩恵でしょうか。正直、ここまでキレッキレの音は2万そこらのD型イヤホンで出せるものではないと思っています。すごいです。

 その反面、割りと響き・付帯音が少ない硬質な音を出すので、音源によっては響きが伸びるべきところで音の余韻が殺されてしまうような気がします。たとえば、クラシック、アコースティックなジャズ、60年代の古めのロックなどで「あたたかみのある音」を求めるならば、音源によっては相性が悪いものも出てくるかもしれません。
 たとえば、Bill Evans「Waltz for Debby」に収録されている「Some Other Time」などのベースの響きが全体を支えるバラード曲などは、アコースティックベースの響きの余韻が殺されてしまう分、ちょっとイマイチかもという印象を受けました。ゆったりとしたジャズに関しては、自分にはDN-2000で聞く方があっている感じがします。

(ただし、後に書きますがこのイヤホンはイヤーピースによって音のキャラがかなり変化します。例えば、finalのEタイプのイヤーピースを装着した状態だと、低音の量感、響きがグッと増え、より柔らかくウォームな音になります。これならBill Evansなんかにも結構合いそうですね)

 

「音の実体感」―ボーカル、ギターを中心に
 先にも書きましたように、HS1004の強みは「中音域の実体感」にあると思います。中〜低音寄りに腰を落としながらもキレやクリア感も重視したこの中音域は、ハイエンドのBA機などでもなかなかお目にかかれないメリットかもしれません。ここではその特徴を「実体感」という視点から、ボーカルとギターに分けて掴んでいこうと思います。

 まず、ボーカルです。同じくボーカルを上手く鳴らしてくれるDN-2000と比較してみます。
 DN-2000が大きめのライブハウス〜コンサートホールで鳴るような「眼の前でふわっと柔らかく立ち上がるボーカル」を演出するならば、HS1004はレコーディングスタジオの中、もしくはライブハウスの最前列で「ボーカルの真正面に立って聴いているかのような生々しいボーカル」を演出するような印象を受けます。好みにもよりますが、この距離が近く、明瞭すぎるほどクリアなボーカルの響きは一度ハマると抜け出せない魔力がありますね。D'AngeloのファルセットボーカルをHS1004で聞いた時などは思わずはっとするほどの「エロさ」みたいなものも感じてしまいます。

 また、ディストーションをかけて歪ませたギターにも抜群に合う音を出してくれます。中音域の距離の近さ、実体感の高さ、解像度の高さという意味でまずギターが際立つのは間違いないですね。ピッキングの音まで貪欲に拾ってガツガツと押し出してくれますし、歪みを効かせたギターの音の粒の一つ一つをはっきり手に取るように掴むことができます。
 こう書くと、生真面目・正確に音を拾って伝える「モニターっぽい音のキャラ」のようにもとれますが、そういうわけではなく、「音楽を楽しく聞くための演出」になってるのがミソです。うまく言えませんが、ギター、リズム隊、ボーカルと、バンドのおいしいところをちゃんと押し出して持ってくるのがとにかく上手いんです。
 また、中〜低音域寄りのどっしりと腰を落とした音作りなので、ギターの音にもかなりの厚み(熱み)も感じます。それでいて抜けが良く、篭もりを感じることは殆どありません。この「熱さを感じるのに爽やか」な音というのはいいですね。なんというか、「夏」「ロック」を感じる音です。僕はお金がないので今年の夏はフジロックにもサマソニにも行きませんが、HS1004さえあればちょっとだけ「夏フェス気分」も味わえる気がします・・・たぶん。

 ポストメタルバンドのIsis(band)の音楽をHS1004でを聞くと、ギターの粒一つ一つがキラキラと煌くこのバンドの美しさ、静と動のダイナミズムを存分に味わえます。トライバルなドラムの響きもハリがあって最高ですね。轟音系のポストロック・ポストメタルを聴くなら、自分は断然DN-2000よりもHS1004を選びます。

 

装着感、およびイヤピースについて
 パット見だとハウジングのサイズが結構小さいので、装着感は良好かと思われるかもしれません。が、自分の場合は割と奥までイヤーピースを押し込まないと装着が安定しにくい感じがしました。ハウジングの長さがもう少し耳穴から外側に長ければ耳で支えやすいとは思うんですが…ハウジングが小さい割に耳孔までの管が長めで、そのくせイヤーピースを挿入できるステムがの長さが短いんです。言葉で言うと伝わりにくいと思いますので、下の写真を見て下さい。

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せめてこの段差さえなければな…

 というわけで、自分は下の写真のように付属のイヤーフックを使って耳かけしてShure掛けで使っています。この状態だと結構装着が安定しますね。WestoneやShureのようなイヤモニ型とは違って、殆どイヤーピースのみと耳にかけるコードだけで本体を支える形になります。Shure掛けでも装着感は「とても良い!」とは言えませんが、それでも普通に耳から垂らすよりは結構マシになります。(ちなみにこの付属のイヤーフック、結構硬めで安定感高いのは◎です)

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 装着感はイヤーピースでも大きく変化するので、ついでにイヤーピースについて。「音のキレ」の項でも書きましたが、HS1004はイヤーピースで結構音が変化します。ちょっと手持ちと付属を比較してみました。

  • ダブルフランジ(付属)…耳全体をLサイズで塞ぐようにして装着。耳奥まで挿せないことから低音が浅くなってしまいます。高音も少し伸びが物足りない感じがします。音場の開放感だけはピカイチ。
  • Spinfit(付属)…Mサイズをできるだけ耳奥まで入れた後で、僅かに外側に引き出して微調整して装着。重低音がよく出ますが、100Hz前後の低音(ベースの部分)が締りすぎてちょっと引っ込んだ感じは気になります。高音は違和感なくスッと伸びます。遮音性は多少落ちますが、中音域のクリア感、音場の臨場感、装着感はこれがベストです。
  • スパイラルドット…Mサイズを装着。高音のキラキラ感ではベスト。しかし、イヤピの長さが短いため、耳奥まで届きにくいために低音が若干浅めなのが気になります。音場はなかなか広いです。高音のキラキラ感はやはり魅力的ですが、自分の場合はMサイズではズレやすく、MLサイズは大きすぎという…
  • final Eタイプ…Mサイズを装着。低音の量感、響きが増え、キレキレのクール系からウォーム系の音に変化します。Spinfitやスパイラルドットと比べると、中音域のハキハキとした出方は鳴りを潜めるものの、より艶のある音になる感じがします。音場は少し狭くなりますが、その分ギュッと詰まった濃厚な音が楽しめます。ジャズや古めのロックなどはこれがベスト。ただ、自分は耳孔への圧迫感が気になるため、長時間の使用は少しキツいです…

 というわけで、色々試した結果、現在はSpinfit Mサイズ+Shure掛けが自分にとってベストの組み合わせになってます。スイートスポットを見つけるのに少し手間がかかりますが、やはり「中音域のクリア感」と「抜けの良い臨場感」を取るならSpinfitがベストでしょうか。Acoustuneさんも何やら新しいイヤーピースを開発中とのことで、そちらもちょっと気になります。

 

おわりに
 レビューが長かったですが、それだけ夢中になるほどHS1004は良いイヤホンだということです。(あれ、でも長くなるのっていつものことか?)

 音についてはもう文句が無いほど手放しで賞賛してますが、やはり自分にとってのネックは「装着感」だと思います。Acoustuneさんの方も現在耳かけ専用、リケーブル対応の新機種を開発中とのこと。耳にしっかりと嵌まるイヤモニ型みたいなので、装着感の改善は期待できそうです。リケーブル対応で装着感も良くHSシリーズの音を継承しているとなると、俄然期待も高まりますね…!

 

 まとめると…「HS1004はいいぞ」、この一言に尽きます。スカッとした臨場感ある音を鳴らしてくれるので、暑く(熱く)なるこれからの時期にぴったりのイヤホンだと思います。皆さんもHS1004を買って、「ひとり夏フェス」しましょう!

 では、今回はこのへんで。